圧力スイッチの示した条件

O氏が下した「そろそろ勝ってもよいころだ」という判断は実は間違いです。
丁半博打で、たとえ偶数の目が一○○○回続けて出たとしても、次に奇数の目が出る可能性は変わらず二分の一です。 しかし、彼にはこんなことも判断できる状態ではありません。
必ず勝つとひたすら信じているのです。 しかし、その結果はまた一億円の損でした。
彼はもう居てもたってもいられません。 「こうなったらとことん付き合ってやる!」と机を叩き出しました。
同僚は「そうだ。 君はいい奴だ。

きっと上手くいくよ。 」といって励ましてくれました。
O氏はやさしい友人を持ったと、彼に感謝しました。 まったくとんでもない友人です。
人がいい奴であることと、相場の勝負とは全く関係がありません。 また、本来ならば、「冷静になれ!」と、止めるべきところを反対に取引を進めるとは、まさに悪魔のつかいのような発一言です。
せめてアドバイスするならば、「一旦休め」でしょう。 「休むも相場」と一言うではありませんか。
取引はどんどん続き、どんどん負け続けました。 ついに彼の収益は、マイナス二億円までにへこんでしまいました。
こうなると、今度は彼のトレーダーとしての存在自体が危うくなってきます。 なんとしても収益を目標までもっていかなくてはなりません。
彼に残された手段は、一発勝負しかありません。 彼にはあとがないのです。
「ここが最悪だ。 」とO氏は咳きました。
ここにまた、悪魔の誘いがきました。 「それではO様こんな債券はどうでしょうか。
ゲーテ社のファウスト債です。 」と担当者が差し出してきた債券の収益構造は、次のとおりでした。
アップサイドはプラス五億円ですが確率は一○%、ダウンサイドはマイナス一億円で確率は九○%、期待収益率はマイナス四○%、最悪の債券です。 しかし、それでもO氏にとって、この債券を購入することが、トレーダーとしてかのSはこう言っています。

『今が最悪の状態』と言える間は、まだ最悪の状態ではない」…。 もちろん、O氏が勝つはずがありません。
こうしてまた一人、トレーダーが市場から居なくなりました。 お陰で彼の友人が、彼のポジションを獲得しました。
友人は彼のアシスタントだったのです。 「こんな作り話を誰が信用するか!」と怒鳴り声が聞こえそうですが、こんな作り話より現実はもっとエグイのです。
もし詳しく知りたければ、Y銀行ニューヨーク事件の張本人が書いた『告白』(I著、B文庫)をお勧めします。 強烈ですよ。
ともかく、このように、トレーダーの判断は常に一定ではありません。 TPOによって捻じ曲げられた最後の手段なのです。
ということで購入…。 かのDは、「人間には幸福のほかに、それとまったく同じだけの不幸がつねに必要である。
」と言っていますが、トレーダー時代の私にとっては、むしろHのほうが的を射ていました。 それは、「人間には幸福よりも不幸のほうが二倍も多い。

」。 トレーダーにとっての不幸とは、是即ち「損失」です。
私だけでなく他の人も、Hの格言のほうが、しっくりくるのではないでしょうか。 それはなぜか?トレーディングでも仕事でも、一般的に、成功した時はあまり評価されませんが、反対に失敗をした時は怒鳴られます。
トレーディングは原則的には、五分五分の世界ですから、彼らは圧倒的に怒鳴られている可能性が高いことになります。 てしまうことがあるのです。
ですから、決して追い込まれてはならないのです。 ただし、全くの概念図であることをご容赦いただきたいのですが。
要するに、トレーダーの判断というのは非線形なものなのです。 実際はどうなのでしょうか?実態は、そのとおりです。
まあ、必ずしも怒鳴られるわけではなく、皮肉のひとつや嫌な顔ぐらいはあるでしょう(それもお互いに仕事ですから)。 しかし、それはなぜか?それは、損失と利益の効用が等しくないからです。
いま時点より収益が上がることで得られる効用よりも、同じだけ損失を出すことによって失うマイナスの効用のほうが、大きいのです。 これは、要するに、損失と利益が非線形になっているからです。

ここで問題なのは、利益も損失も発生確率は五○%であることです。 ということは、発生確率にプラスの効用をかけた期待収益と、マイナスの効用をかけた期待損失の絶対値と比べると、常に期待損失のほうが大きくなります。
このため、トレーダーには常に損失のほうにバイアスがかかっているわけです。 縦軸を、効用から上司からの評価に変えたものが、サラリーマン・トレーダーの曲線です。
トレーダーのパフォーマンスと上司からの評価との関係も、やはり非線形になります。 儲かっても「まぐれだ」とか言われ、さほど評価されない反面、大損をすると仕事を失うリスクさえ出てきます。
まったく不公平なものです。 こうしたバイアスがあるため、トレーダーは、市場が自分の予想と反対に動くことに対しては、非常に敏感に反応します。
特に利益が出ているときに、こうしたバイアスが芽をもたげてきます。 せっかくトレンドに乗れているにもかかわらず、少しでも相場が反対に動くと、目先の利益確定の誘惑に負けてしまって、早めに利喰ってしまいます。
相場はフラフラと上下しながらトレンドをつくっていくことはみんなわかっています。 それでも、なかなかできないのは、まさにこうしたバイアスによるものと思います。
いったん利喰ってから、相場に追いつこうと思っても、上手くはいきません。 反対の損切りの場合も同じです。
損切りは、トレーダーとして生き残り続けるためには必要な行動ですが、恐怖心に負けてあまりにも早く損切りをしてしまっては、損が山積みになるだけです。 いのは、まさにこうしたバイアスが原因になっていると思います。
やはり、なかなか楽に儲けさせてくれないのが、トレーディングの世界です。 丸儲産業株に対する相場感は、どちらも弱気でした。
にもかかわらず、結果が正反対になったのはどうしてでしょうか。 それは、彼らのとった行動に違いがあったからでした。

R氏は市場開始とともに先行して丸儲産業の株を売っていきました。 それに対してS氏は、減益発表を見てから株を売りにいきました。
R氏は推測に基づいて売ったのに対して、S氏は確証をもって売りました。 実は、トレーディングの世界では、この差は大きいのです。
トレーディングの鉄則の中で、「噂で買って、事実で売る」と言われるものがあること他人のとった行動が人の判断にどれだけ影響を与えるのか、という「同調傾向」について研究をしたのが、A博士の実験です。 この実験は、まず二枚のカードを用意します。
一本の線をひきます。 もうひとつのカードには、いま描いた線とは前にも述べました。
つまり、トレーディングは事実を確認してからでは遅く、常に先回りしておかなければならないのです。 これができなければ勝ち組にはなれません。
しかし、こうした行動様式が、大変なプレッシャーをトレーダーにかけることになります。 つまり、トレーダーは常に不確実な情報をもとに、動かなければならないことになるからです。
したがって、非常に不安定な心理状況下におかれることになります。 こうした心理状況が、トレーディングを行ううえでさまざまな弊害を引き起こします。

そのひとつが、同調理論と呼ばれるものです。

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